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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2405号 判決 1977年11月16日

控訴人・附帯被控訴人(被告)

日本建物株式会社

ほか一名

被控訴人・附帯控訴人(原告)

倉内敏郎

ほか一名

主文

控訴人らの本件各控訴を棄却する。

附帯控訴に基づき、原判決中附帯控訴人ら敗訴の部分を左のとおり変更する。

附帯被控訴人らは各自附帯控訴人倉内敏郎に対し金二二六万四、二八七円、同倉内英子に対し金二三五万四、二八七円ならびに附帯被控訴人日本建物株式会社は右各金員に対する昭和四七年七月一五日から、同小池匡は右各金員に対する同年同月一六日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

附帯控訴人らのその余の請求(当審における拡張部分を含む)はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その二を控訴人ら(附帯被控訴人ら)、その余を被控訴人ら(附帯控訴人ら)の各負担とする。

この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人ら(附帯被控訴人ら、以下控訴人らという)代理人は、「原判決中控訴人らの敗訴部分を取消す。被控訴人ら(附帯控訴人ら、以下被控訴人らという)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として「原判決中被控訴人らの敗訴部分を取消す。控訴人らは各自被控訴人倉内敏郎に対し金四四四万一、五八五円、被控訴人倉内英子に対し金四四八万一、五八五円および右各金員に対する控訴人日本建物株式会社につき昭和四七年七月一五日から、控訴人小池匡につき同月一六日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、控訴代理人は附帯控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、左記のほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(被控訴人らの陳述)

一  本件事故は、訴外渡部富雄が後方の安全を確認することなく、漫然本件車両を後退させた過失により惹起されたものである。

二  請求原因3および4の主張(原判決四枚目表三行目から五枚目裏九行目までの記載)を左のように改める。

「3 損害

(一)  慰藉料 金六〇〇万円

亡倉内宏は、被控訴人らの長男として最愛の情を受けていたものであり、被控訴人らは同人の将来に多大の期待を抱いていた。本件交通事故による被控訴人らの慰藉料は各金三〇〇万円宛を相当とする。なお第一審の訴提起時では、各金二〇〇万円宛計金四〇〇万円が相当性を有していたが、今日では物価の上昇、貨幣価値の暴落などから、その実質価値の低下に伴う損失は、控訴人らの責任において処理されるべきであるので、計金六〇〇万円を下ることはないといわなければならない。

(二)  逸失利益 金一、二七八万一、四四三円

宏は本件事故当時八歳の男子であつたが、被控訴人らの家庭環境ならびに今日の平均的家庭の子弟として、大学卒業後に就職するものと推定するのが合理的である。従つて、賃金センサス昭和四八年第一巻第二表の新大卒の男子平均賃金たる年収金一九二万四、七〇〇円を宏の年間所得とし、生活費はその二分の一とし、就労期間は満二三歳から満六七歳までとする。そして、大学卒業時までに要する養育費を月額二万円として得べかりし利益から控除し、新ホフマン方式により現価を算出すると金一、二七八万一、四四三円となる。従つて右金員を被控訴人両名は各自二分の一宛相続した。

(三)  葬儀費 金三〇万円

被控訴人敏郎は、宏の葬儀費として金三二万六、〇〇〇円を支払つたので、そのうち本件事故と相当因果関係にある損害と認められる金三〇万円の賠償を求める。

(四)  弁護士費用

被控訴人敏郎は自己の損害賠償請求金の一割相当の金五八万円、同英子は同様に金五六万円を、被控訴人ら訴訟代理人に支払う約束をし、同額の損害を受けた。

(五)  損害の填補

被控訴人らは本件交通事故につき各自金二五〇万円宛の保険金を受領した。

以上の次第で、被控訴人敏郎は、慰藉料三〇〇万円、逸失利益の相続分六三九万〇七二一円、葬儀費用三〇万円の計九六九万〇七二一円から受領金二五〇万円を控除した七一九万〇七二一円の八割に相当する五七五万二、五七六円に、弁護士費用としてその一割相当の五八万円を加算した合計金六三三万二、五七六円の損害を受け、被控訴人英子は、慰藉料三〇〇万円、逸失利益の相続分六三九万〇七二一円の計九三九万〇、七二一円から受領金二五〇万円を控除した六八九万〇七二一円の八割に相当する五五一万二、五七六円に、弁護士費用としてその一割相当の五六万円を加算した合計金六〇七万二、五七六円の損害を受けた。

4 よつて、控訴人らは各自被控訴人敏郎に対し金六三三万二、五七六円、被控訴人英子に対し金六〇七万二、五七六円および右各金員に対する訴状送達の翌日である控訴会社につき昭和四七年七月一五日から、控訴人小池につき同月一六日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

(控訴人らの陳述)

一  本件事故の発生について訴外渡部に過失があるとの点は否認する。本件事故は、もつぱら宏の過失により発生したもので、渡部は無過失である。このことは、渡部が本件事故につき嫌疑不十分として不起訴処分になつたことからも明らかである。

二  請求原因3および4に対する認否(原判決六枚目表二行目の記載)を左のように改める。

「第3項は不知、第4項は争う。」

三  控訴人らの主張3(原判決七枚目裏三行目から七行目までの記載)を左のように改める。

「3 (過失相殺の主張)

仮に、本件事故発生につき訴外渡部に過失があつたとしても、宏にも過失があつたのであるから、損害額の算定につき斟酌されるべきである。」

(証拠関係) 〔略〕

理由

一  被控訴人ら主張の日時場所においてその主張のような交通事故が発生したことは当事者間に争いがない。

いずれも成立に争いのない甲第三号証ないし第六号証、乙第一号証、いずれも原本の存在および成立に争いのない乙第三、第四号証、原審証人渡部富雄、当審証人神名祐および同辻俊男(一部)の各証言に弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故発生地点の道路は、幅員約二・八五メートルのアスフアルト舗装で南西から北東に通じており、右地点道路南東側にはこれと丁字形に交わる約一、〇〇〇分の一五の上り勾配の仮設道路が造成されており、右事故発生地点道路西北側は間口約一九メートル奥行約二五メートルの空地(広場)となつていること、訴外渡部富雄は、本件車両(大型貨物自動車)に積載した砕石を右仮設道路に搬入して整地作業をなすべく、広場に停車中の右車両を運転後退させ本件道路を横切つて仮設道路に進入させたが、軟弱な地盤に車輪をとられ思うように進入できなかつたので、一旦車両を前進させて広場に戻り、直ちに勢をつけて再び後退進入すべく、広場から仮設道路へ向け一気に車両を後進させた際、本件道路上において、通行中の宏に車両後部を衝突させ、後輪で同人を轢死させたこと、渡部は、後進に際し、後退ブザーを鳴らし後進ランプを点滅させたものの、後方の本件道路上ことに南西方面への運転席からの視界が人家に妨げられて十分にきかず、また、それまで誘導してくれていた訴外大藤順一がその場を離れたのに、それに気付かず、その誘導のないまま、さりとて自らも後方の安全に格別の注意を払うことなく、漫然車両を後進させたために本件事故が発生したこと、宏(当時八歳・男児)は、自転車に乗り、徒歩で同道した友人神名祐といつしよに、折から日没時で暗くなつた本件道路を南西から北東へ向けて通行中、本件事故発生地点の手前約九メートルに至つた際、右車両が仮設道路から本件道路を横切り広場へ進入するのを認め、更に約五メートル進行した際に、神名は広場から仮設道路へ向けて本件車両が後退して来るのを見て危険を感じその場に立止つたが、宏はそのまま進行して本件事故の発生をみたものであること、以上のように認められ、当審証人辻俊男の証言中右認定の趣旨に反する部分は措信しがたく、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、本件事故は、渡部が後方の本件道路上の通行者に対する安全を確認しないで、後進ランプおよびブザーを用いたのみで、漫然車両を後退させたために発生したものであるから、渡部に過失があることは明らかである。渡部が本件事故に関する刑事手続において不起訴処分となつたことは、成立に争いのない乙第二号証によつて認められるところであるが、その不起訴理由を明らかにする資料は見当らず、いずれにしても、右不起訴処分の存在が直ちに右認定を動かすに足るものとは認められない。

二  当裁判所の本件事故に関する控訴人両名の責任についての認定、判断は、原審のそれと同じであるから、原判決の該当部分(原判決八枚目裏七行目から一一枚目表一行目までの記載)を引用する。

三  控訴人らは、本件事故の発生につき宏に過失があると主張するところ、前示第一項において認定した事実によれば、宏は、本件道路を進行して事故現場附近に至つた際、同行の神名祐が気付いたのと同様に、自らも、本件車両が本件道路を横切つて広場へ進入したあと再び仮設道路へ向け後退して来るのに気付いたか少なくとも気付くことができたものと認められるのであり、そうとすれば、右車両の横断通過を待つてから進行を開始すべきであつたのにそのまま進行した点に過失があつたものと認められ、宏の右過失は損害額の算定にあたり斟酌すべきものであつて、その減額割合は三割とするのが相当である。

四  そこで損害額について判断する。

1  宏の逸失利益

前示のとおり本件事故当時、宏は満八年の男児であり、原審における被控訴人倉内敏郎本人尋問の結果によれば健康であつたことが認められ、その統計上の平均余命は六三・五九年であるから、一八年から六七年までの四九年間は稼働することができたものと認められる。そして、労働省労働統計調査部作成の昭和四八年賃金構造基本統計調査(賃金センサス)によれば、男子労働者全産業平均の月間給与額は一〇万七、五〇〇円、年間賞与その他特別給与額は三三万九、二〇〇円であると認められる(甲第七号証)ので、宏は、一八年から六七年まで年間平均一六二万九、二〇〇円の収入を得ることができるものと推認され、そのうち二分の一を生活費に要するものとしてこれを控除し、その総額の死亡時における現価を年毎ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出し、宏が収入を得ることができるまでの一〇年間に要する養育費として月額二万円、年額二四万円をもつて相当と解されるから、これについても右同様の方法によつて死亡時の現価を算出し、これを右金額から控除して宏の死亡時における逸失利益の現在価額を算出すると、左の計算式のとおり金一、三七〇万〇、七九七円となる。なお、被控訴人らは、宏が大学卒業後に就職稼働するものとして、新大卒の男子平均賃金額を基礎に算定すべきである旨主張するが、宏の死亡時の年齢等に徴すると、いまだ大学卒業後の就職稼働を推定すべき十分な合理性があるとは認めがたいばかりでなく、そもそも当該裁判所が合理的と認める右の算定結果は、被控訴人らの主張の大学卒業を基準とするよりも労働能力の評価において多額となるのである。

1629200×(1-0.5)×(27.1047-7.9449)=15607573

240000×7.9449=1906776

15607573-1906776=13700797

宏は、本件事故によつて右金額の得べかりし利益を喪失したところ、前示の過失相殺によつてその三割を減額すると、金九五九万〇、五五七円の損害賠償請求権を取得したものであり、宏の両親であること弁論の全趣旨により明らかな被控訴人両名は右損害賠償請求権を二分の一宛すなわち各金四七九万五、二七八円宛相続したことになる。

2  慰藉料

被控訴人らが本件事故によつて多大の精神的苦痛を蒙つたことは明らかであり、諸般の事情を考慮すれば、その慰藉料額は各金二〇〇万円が相当であるところ、過失相殺による三割の減額をすると、各金一四〇万円となる。

3  葬儀費用

原審における被控訴人倉内敏郎本人尋問の結果によれば、同被控訴人は宏の葬儀に金三二万六、〇〇〇円を下らない金員を支出したことが認められるが、そのうちの三〇万円が控訴人らに賠償を求め得べき相当額と認められ、過失相殺による三割の減額により、同被控訴人は金二一万円の損害賠償請求権を取得したものである。

4  損害の填補

被控訴人らが各金二五〇万円宛の自賠保険金を受領したことは被控訴人らの自陳するところであるから、これを各自の右損害額から控除すべきである。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは本件訴訟の提起および追行を弁護士麻生利勝に委任し、その報酬等として被控訴人敏郎は金五八万円、同英子は金五六万円を支払うことを約したものと認められるが、本件訴訟の難易、経過、認容額等に照らし、被控訴人両名について各金二五万円宛が控訴人らに賠償を求め得べき相当額と認められる。

五  以上の次第で、控訴人らは各自、被控訴人敏郎に対し合計金四一五万五、二七八円、同英子に対し合計金三九四万五、二七八円ならびに控訴会社はこれら金員に対する本件訴状の控訴会社に対する送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四七年七月一五日から、控訴人小池は同様に同月一六日から、各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、被控訴人らの本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

右と一部結論を異にする原判決は一部不当であつて、控訴人らの本件各控訴は理由がないからこれを棄却するが、被控訴人らの本件各附帯控訴は一部理由があるがその余は失当であるから原判決を右の趣旨に従つて変更し、第一、二審の訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一 滝田薫 桜井敏雄)

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